© 2016 kazuhiko kiyono

埼玉県秩父市熊木町生まれ。34歳。1歳児の父。
秩父幼稚園、秩父市立南小学校、秩父市立第二中学校を経て、埼玉県立熊谷高校へ。高校時代は、ラグビー部に所属しながら、熊谷駅前の路上で音楽活動にも精を出す。
9・11アメリカ同時多発テロ事件に衝撃をうけ、平和をつくること、マハトマ・ガンジーの非暴力不服従運動などに関心を持ち始める。早稲田大学政治経済学部政治学科に入学。所属ゼミは、行政学・公共政策学。「未来を創る子供達が笑顔であることが‘平和’である」という信念を持ち始め、人々が永きにわたって笑顔で暮らすためには、‘森’が必要と強く感じ、ノーベル平和賞を受賞した故ワ

ンガリ・マータイ女史の影響から、アフリカ・ケニア共和国へ渡航。インターンシップ生として、Kenya Forestry Research Institution (KEFRI)にて、森林の保全と、貧困解決にむけた住民参加型の森林管理政策について学ぶ。帰国後、日本の森林の現況を知り、ライフワークとして森林保全に関わることを決意。森林ボランティアとして、人工林の間伐や、広葉樹林の再生に向けた活動に関わる。地球環境の保全のためには、地域のまちづくりが重要であると気づき、まちづくりへの関心から、早稲田・高田馬場地域の地域通貨「アトム通貨」を仲間と共に設立。大学の枠を飛び出して、地球温暖化を楽しく止めるTEAM GOGO!豪快な号外の配布活動に、京都府のリーダーとして取り組む。早稲田大学卒業後、実践自然保護団体 日本熊森協会(後に一般社団法人 日本熊森協会となる) に就職。森林・林業政策に関するロビーイング活動を専門にする。東日本大震災後に退職。津波の被災地である岩手県沿岸から福島県沿岸を歩き、さらには富士山頂上まで約1000キロを歩き続けながら、出逢う方々の夢をききつづける。このころから、故郷である秩父市の未来について真剣に考え始める。宮城県石巻市に拠点を置く、一般社団法人OPEN JAPANに所属。福島第一原子力発電所の事故により故郷から避難しなければならなくなった人々の暮らしを自分史として、未来世代に残す活動『310日』制作室を担当する。2014420日、秩父市議会議員選挙にて1725票のご支持をいただき、第三位で初当選。